がんの治療法について
2021.06.15
がんの治療法についてご説明します。
その子の状況にあわせて、治療方法を立てていきましょう。
手術
動物における手術の目的
動物では以下を目的に手術が実施されます。
1.根治治療を目的として
明らかな転移がない場合に行います。がんの種類によってはがんを治すことができます。
一方、転移率が高いがんに関しては手術後に転移がみられる可能性もあります。
2.緩和治療を目的として
転移がある場合やがんの量を減らすことを目的に行います。
がんを治すことはできませんが、症状や苦痛を取り除き、生活の質を改善することができます。
手術のメリットとデメリット
<メリット>
・がんを治すことができる可能性が最も高い
・がんに伴う症状や苦痛を取り除くことができる可能性が最も高い
<デメリット>
・麻酔が必要
・機能を損失する可能性がある
・合併症がみられる可能性がある
・一般的に手術後に入院が必要
・一般的に転移性病変には適応とならない
手術の方法
上図に示すようにがんは一般的にしこりを作ることが多いですが、たこの足のように周囲にがん細胞をまき散らしています。
このがん細胞がまき散らされた部位を反応層といい、反応層内に存在するがん細胞は目で見えません。
反応層の範囲はがんの種類によって異なります。
手術の方法には以下の4種類があります。
1.腫瘍内切除(上図の赤点線)
組織生検やがんの量を減らすことを目的に行われる方法です。この方法ではしこり自体も残ってしまいます。
そのため、再手術やその他の治療(放射線治療や抗がん剤治療など)を行う必要があります。
2.辺縁部切除(上図の青点線)
反応層内でがんを切除する方法です。この方法ではしこり自体はなくなりますが、反応層内に存在するがん細胞は残ってしまうので再発する可能性が高いです。
そのため、再手術やその他の治療(放射線治療や抗がん剤など)を行う必要があります。
3.広範囲切除(上図の緑点線)
反応層の外側でがんを切除する方法です。
この方法ではしこりも反応層内のがん細胞もなくなりますので、再発する可能性も低いです。
がんの手術を行う場合、一般的には広範囲切除が推奨されますが、がんの発生部位(口まわりやお尻まわり、足先など)によっては広範囲切除が難しい場合もあります。
4.根治的切除(上図の橙点線)
広範囲切除よりさらに幅を設けて、1区画あるいは1構造ごと切除する方法です。
断脚などこれに該当します。
この方法では再発する可能性は極めてまれです。
合併症
がんの手術に限らず、手術には合併症がみられる可能性が0ではありません。
がんの発生部位や手術の方法によりみられる合併症は異なりますので詳細はご相談ください。
放射線治療
動物における放射線治療の目的
動物では以下を目的に放射線治療が実施されます。
①根治治療を目的として
一般的に広範囲切除が難しい場合に反応層内のがん細胞を死滅させることを目的に手術前あるいは手術後に行います。
また、手術ができない部位に発生したがんでは放射線治療のみで治療を行う場合もあります。
がんの種類によってはがんを治すことができます。
一方、転移率が高いがんに関しては手術や放射線治療後に転移がみられる可能性もあります。
②緩和治療を目的として
がんによる炎症や出血、疼痛を緩和することを目的に行います。
これらを緩和してあげることで生活の質が改善する可能性があります。
また、状況によってはがんも小さくなる可能性があります。
一方、がんを治すことはできません。
放射線治療のメリットとデメリット
<メリット>
・機能を損失する可能性は低い
・がんに伴う症状や苦痛を取り除くことができる可能性がある
<デメリット>
・放射線治療のみでがんを治すことは困難な場合が多い
・麻酔が必要(数回~数十回)
・当院ではできない
・がんが縮小するまでに時間を要する場合が多い
・放射線障害
放射線治療の照射方法
放射線治療には主に以下の照射方法があります。
①小線量多分割照射
1回に照射する線量を小さくして、多くの回数照射する方法です。
主に根治治療を目的とする場合に選択されます。
急性の放射線障害が生じる可能性がありますが、晩発の放射線障害が生じる可能性はまれです。
②高線量少分割照射
1回に照射する線量を高くして、少ない回数照射する方法です。
主に緩和治療を目的とする場合に選択されます。
急性の放射線障害が生じる可能性はまれですが、晩発の放射線障害が生じる可能性があります。
近年は動物でも上記以外の照射方法が利用できるようになってきています。
放射線障害
放射線障害には主に急性障害と晩発障害があります。
急性障害は放射線治療開始後数週間程度でみられますが、一般的には放射線治療終了後数週間程度で治ります。
一方、晩発障害は放射線治療終了後数ヶ月から数年程度でみられるようになり、一般的には治りません。
放射線治療はできるだけ晩発障害が生じないように行う必要があります。
根治治療を目的とした放射線治療が適応となるがんの例
・脳腫瘍
・鼻腔内腫瘍
・口腔内腫瘍
・辺縁部切除された肥満細胞腫や軟部組織肉腫 など
緩和治療を目的とした放射線治療が適応となるがんの例
・脳腫瘍
・鼻腔内腫瘍
・口腔内腫瘍
・骨肉腫
・転移のみられる乳腺腫瘍
・リンパ節転移した肛門嚢腺癌 など
当院では放射線治療はできません。
そのため、動物の状態やがんの種類、ご家族の意向などを総合的に判断して、放射線治療が適応であれば、二次診療施設への紹介を行っています。
抗がん剤治療
動物における抗がん剤治療の目的
がん細胞をできるだけ減らし、その動物が元気にご家族と一緒に過ごす時間を少しでも長くすることが目的です。
そのため、抗がん剤治療だけでがん細胞を体の中からすべて取り除くことは難しいことをご理解してもらう必要があります。
(病気によってはごくまれに完治する場合があります)
完全寛解:検査をしてもがんを見つけることができない状態
一般的にはがんの細胞が109個(10億個)(上記の赤線)未満になった場合のことで
治療をやめると再発する可能性があります
完治(根治):がんの細胞が体の中からなくなった状態
がんの細胞が0個(上記の緑線)になった場合のことで治療をやめてもがんは再発しません
また、すべてのがんに抗がん剤治療が適応となるわけではありません。
そのため、以下の条件に当てはまる場合にご家族に抗がん剤治療を提案しています。
①抗がん剤治療の有効性(100%ではない)が証明されているがん
②抗がん剤治療の有効性は証明されていないが、理論上有効性があると考えられるがん
特に②に関しては、抗がん剤治療のメリットとデメリットをよく考えて治療を行う必要があります。
抗がん剤治療のメリットとデメリット
<メリット>
・一般的に麻酔が不要
・一般的に入院が不要
・一般的に転移性病変にも適応となる
<デメリット>
・抗がん剤治療のみでがんを治すことは困難な場合が多い
・副作用がみられる可能性がある
抗がん剤の作用機序と副作用
抗がん剤は、体の中で常に分裂している細胞にダメージ与えることで分裂をとめます。
そのため、がん細胞だけでなく、骨髄の細胞、腸の細胞、毛根の細胞(これらの細胞は常に分裂している細胞です)などもダメージを受けてしまうことで、副作用が出てしまう可能性(骨髄抑制、消化器症状、脱毛など)があります。
しかしながら、動物の場合、冒頭にも記載したとおり、その動物が元気にご家族と一緒に過ごす時間を少しでも長くすることが目的です。
そのため、人とは薬の量が全く異なり、副作用も、人の治療でみられるようなひどい吐き気や脱毛といったものはあまりみられません。
また、一般的には通院治療となります。
<副作用の頻度>
・軽度の副作用(普段と違うものを食べてしまって一時的に吐いたり、食欲が落ちたりする程度と思ってください):10~30%
・重度の副作用(入院が必要な程度と思ってください):5%未満
・抗がん剤が原因による死亡:0.5~1%
※この数値は、一般的な場合であり、動物の状態やがんの種類、抗がん剤の種類により変わります。
また、使用する抗がん剤により上記に示す副作用以外の副作用が生じる場合もあります。
副作用のリスクをさらに減らすために抗がん剤の量を減らすことも可能ですが、その分がんに対する効果もなくなるため注意が必要です。
そのため、抗がん剤はその動物が耐えることができる最大量を投与する必要があります。
抗がん剤治療の有効性が証明されているがん
・リンパ腫
・肥満細胞腫
・組織球性肉腫
・膀胱移行上皮癌
・血管肉腫の手術後に対して
・骨肉腫の手術後に対して など
抗がん剤治療の有効性は証明されていないが、理論上有効性があると考えられるがん
・悪性黒色腫や乳腺腫瘍などの様々ながんの手術後に対して など
分子標的治療
分子標的薬とは
従来の抗がん剤は、体の中で常に分裂している細胞にダメージを与えることで分裂をとめる薬です。
そのため、がん細胞のみではなく、常に分裂している細胞(骨髄の細胞、腸の細胞、毛根の細胞など)にもダメージを与えてしまいます。
一方で、分子標的薬は、がんの増殖や浸潤、転移などに関わる分子を標的として、その機能を制御することを目的とした薬です。
そのため、従来の抗がん剤とはその目的や使用方法、副作用などが異なります。
以下に分子標的治療に関する詳細な内容を記載いたします。
動物における分子標的治療の目的
がんの増殖や浸潤、転移などを制御することで、がん細胞をできる限り増やさないようにして、
その動物が元気にご家族と一緒に過ごす時間を少しでも長くすることが目的です。
そのため、分子標的治療だけでがん細胞を体の中からすべて取り除くことは難しいことをご理解してもらう必要があります。
また、すべてのがんに分子標的治療が適応となるわけではありません。
そのため、以下の条件に当てはまる場合にご家族に分子標的治療を提案しています。
①分子標的治療の有効性(100%ではない)が証明されているがん
②分子標的治療の有効性は証明されていないが、有効性がある可能性のあるがん
特に②に関しては、分子標的治療のメリットとデメリットをよく考えて治療を行う必要がありま
す。
分子標的治療のメリットとデメリット
<メリット>
・麻酔が不要
・入院が不要
・転移性病変にも適応となる
<デメリット>
・ご自宅で飲ませてもらう必要がある
・分子標的治療のみでがんを治すことは困難
・副作用がみられる可能性がある
分子標的薬の作用機序と副作用
冒頭にも記載したとおり、分子標的薬は、がんの増殖や浸潤、転移などに関わる分子を標的として、その機能を制御することを目的とした治療です。
そのため、抗がん剤とは作用機序と副作用が異なります。
従来の抗がん剤はがん細胞のみではなく、常に分裂している細胞(骨髄の細胞、腸の細胞、毛根の細胞など)にもダメージを与えてしまいます。
分子標的薬は、がんの増殖や浸潤、転移などに関わる分子を標的として、その機能を制御します。
一方、正常細胞に存在する分子を標的にすることもあり、その細胞の機能も制御されてしまうこともあります。
そのため、分子標的薬にも副作用がみられる可能性があります。
分子標的治療では、消化器症状(嘔吐や下痢、食欲の低下)や創傷治癒遅延、跛行、色素脱、甲状腺機能低下症、血圧の上昇、肝障害や腎障害などの副作用がみられる可能性がありますが、副作用としては軽度な場合が多く、薬を一時的にやめたり、用量を減らしてあげることで改善することが多いです。
分子標的治療は一般的に副作用が出ないように用量を調節する必要があります。
分子標的治療の有効性が証明されているがん
・肥満細胞腫
・消化管間質細胞腫瘍(GIST)
・肛門嚢腺癌
・甲状腺癌
・心基底部腫瘍
・膀胱移行上皮癌 など
分子標的治療の有効性は証明されていないが、有効性がある可能性のあるがん
・腸腺癌、肺腺癌、腎腺癌の手術後に対して
・様々な上皮性悪性腫瘍の転移性病変に対して など
当院では、動物の状態やがんの種類、ご家族の意向などを総合的に判断して、その動物に適した治療を決めています。
がんの治療のことでご不明、ご不安な点がございましたら遠慮なく相談してください。
腫瘍科担当獣医師 伊藤 敏生