精⼀杯の祝福を君へ

こんにちは。愛玩動物看護師の山下です。お久しぶりのブログになります。
先⽇、⻑かった梅⾬が終わったと思いきや、各所で本格的な猛暑が始まり、暑さに⾒舞われている⽇々が続いておりますが皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、度々こちらのブログの⽅でうちの愛⽝のこももについて⾊々書かせていただいておりましたが、今年の三⽉⼗三⽇の朝に虹の橋を渡りました。
その最期はいつも⼀緒に寝ていた祖⺟の腕の中で苦しむ事なく静かに眠るように迎えました。
その⽇僕はちょうど休⽇で、⺟も仕事に⾏く前だったので、家族みんながいるこの⽇を選んでくれたのだなと思うと涙が⽌まりませんでした。
亡くなる数⽇前、いつもと変わらず家の中をよたよたと歩き回ってご飯も⾷べており、そんな素振りを⼀切⾒せなかったのに、突然この世を去った。
当⽇の朝、⺟親に泣きながら震えた声で起こされた時にその顔を⾒て全てを悟リました。
その時は何が起こったのか⾃分の中で整理がつくまで多くの時間を費やしました気がします。

_____こももにもう会えない。

前々から覚悟はしていたつもりではありましたが、いざその現実を突きつけられると何というか、⾝体中の⼒がフッと抜けたような、抜け殻になった気分でした。
享年⼗五歳。あと2週間⾜らずで⼗六歳の誕⽣⽇を迎えるはずだった。
無理をしてまで苦しみながら⽣きてほしくない。
だけと本⼈が頑張って⽣きようとしているなら家族として、その⽣涯を全⼒でサポートしようというのが家族に迎えた当初から頭にあった考えでした。
こももはうちに来て幸せだっただろうか、やれる事は全部してあげられていただろうか、
後悔はないだろうか___。

⺟が仕事に⾏った後、僕のそばで静かに眠るこももの毎⽇可愛がっていた⼩さな頭を撫でながら僕の頭の中をそんな⾔葉が駆け巡っていました。
改めて⾒ると痩せ細って⾓張った⾝体や菲薄化してペラペラになった⽪膚など、⾒るからにボロボロになった姿がそこにはありました。
が、僕たち家族はその姿になってもなお、⼀瞬たりとも愛情を⽋いた瞬間はありませんでした。
そしてこの気持ちだけが唯⼀僕が誇りを持って⾔える事で、この時の僕を⽀えてくれていたものでもありました。
2kgに満たない⼩さな体でしたが、昨⽇まで必死に⽣きていた証は確かにそこに残っていて、⼒強ささえ感じ取れるものでした。

葬儀は家族だけで家の前で⾏いました。⻑く⼀緒に過ごした家の前で。
⼀緒に過ごした時間は⼤きな⽀えとなって、この先も僕の中で忘れる事なく共に歩み続けていくでしょう。これは僕たち家族にくれたこももからの贈り物だと思っています。
祭壇には⼤好きなおやつやおもちゃを置き、ずっと着ていた服にはまだ匂いが残っているので、どうしても⾟くなった時や会いたくなった時は嗅いでいます。
今でもそこにあの⼦がいて、僕を優しく包み込んでくれるような気持ちになれるからです。

⽉⽇が経つのは早いもので、いなくなってからもう四ヶ⽉も経ってしまいました。
今も家に帰ると尻尾を振って吠えながら⽞関に迎えに来てくれるような気がします。
だけどその姿はなく、扉を開けても静かな⽞関⼝があるだけです。
それくらいあの⼦の存在は僕にとって⼤きなものでした。
でも、僕たちがいつまでも悲しんで引きずってばかりいては、あの⼦も楽しく天国で過ごせないでしょうからゆっくり少しずつ前を向いていこうと思います。
愛⽝の事について書き出すとキリがなくなってしまうので、今回はここまでとさせていただきます。

最後に
どんなに⼩さな⽣き物でも全⼒で愛情を注いで接してあげると、その⼀緒に過ごした時間が後から⾃分にとっての宝物になるはずです。
そして動物というのは、⽣まれてから死ぬまでその⼀⽣をかけて“強く⽣きる”という事をその⾝を持って教えてくれます。その⼦によって⼈間と同じく個性があり、顔つきや性格、ご飯の⾷べ⽅や⾛り⽅、そして寿命だって違ってきますけど、その全てを愛せるご家族はとても素敵な⽅達なのだと思います。
だからこの先もその時間を⼀緒に過ごしながら何気ない⼀⽇を⼤切に。
そして絶えない愛情を持って、優しくずっとそばにいてあげて下さい。

愛玩動物看護師 山下